広島高等裁判所 昭和24年(新)159号 判決 1949年12月23日
控訴人 被告人 木原智恵子
弁護人 合路義樹
検察官 志熊三郎関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
被告人の弁護人中川鼎及び合路義樹の控訴の趣旨は末尾添附の各控訴趣意書記載のとおりである。
弁護人中川鼎の控訴の趣意第一点について。
原判決は被告人は坪本正一に対しウイスキーを七十八本位販売したと認定したに拘らずその証拠に供した坪本正一に対する検察事務官の第一回供述調書に依れば、坪本が買受けた数量は六十本位に過ぎないのであるからこれを七十八本と認定したのは違法であること所論のとおりであるが、右の違法は犯罪の成否には勿論刑の量定にも影響を及ぼさないので、破棄の理由とするに足らない。又原判示挙示の証拠を綜合すれば坪本が買主であると認定することができるので、事実の誤認はない。
又ウイスキー六十三本位を氏名不詳者に販売したとの点については、原判決の証拠説明に依れば原審公判廷における被告人の供述証人槇平勲三並松下俊夫の各証言及び中村繁毅に対する検察事務官の第一回供述調書の記載を綜合して認め得る被告人が他に転売する目的で槇平勲三、中村繁毅等から判示ウイスキー百五十五本位を買受け、そのうち坪本正一に対し六十本位を販売した事実及び本件発覚当時被告人はウイスキー十九本を所持していたに過ぎずしかも他に自己の用途に費消した形跡の認め難い事実と被告人の原審公判廷における自白とを綜合して右氏名不詳者に判示数量のウイスキーを販売した事実を認定したことを窺い知ることができるので、被告人の自白のみで氏名不詳者に対する販売の事実を認定したとの非難は当らない。論旨は理由がない。
同上第二点について。
政府の免許を受けないで酒類の販売業をなした場合に酒税法第十七条違反を構成するのであるから、その構成要件の性質上同種の行為の反覆を予想しているので、政府の免許を受けないで数回酒類の販売をしたとしても、その数個の行為は包括して一個の犯罪として処断すべきもので所論の如く併合罪として処断すべきものではない。したがつて原判決が被告人は政府の免許を受けないで昭和二十三年十一月下旬頃から昭和二十四年一月二十一日頃迄の間十四回位に亘り、被告人の自宅において坪本正一等に対しウイスキー合計百四十一本位を業として販売した旨を判示したのは相当であつて、所論の如く各回の販売関係を判文に明示することは必ずしも必要でない。論旨は理由がない。
弁護人合路義樹の控訴趣意について。原判決挙示の各証拠を綜合すれば、判示ウィスキーは原審相被告人丸岡忠雄の密造に係り酒精度三十四度ウィスキー乙類に該当すること明らかであるから、原審が被告人が判示数量のウィスキーを判示回数に亘つて販売した所為に対し酒税法第十七条第六十四条を適用して処断したのは正当である。もつとも被告人の原審公判廷における供述に依れば被告人は判示ウィスキーを進駐軍の品であると信じてこれを買受けたものであることは認められるが、進駐軍製の酒類であつてもこれを我が国において業として販売しようとする者には等しく酒税法第十七条の適用があるものと解すべきものであるから、被告人が本件ウィスキーを進駐軍の品と信じていたかどうかの主観につき原審が審理をしなくても、所論のような審理不尽や事実誤認はない所論は要するに、右と異る独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて採用の限りでない論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条第百八十一条に則り本件控訴を棄却し、訴訟費用は全部被告人をしてこれを負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 三瀬忠俊 判事 和田邦康 判事 小竹正)
弁護人中川鼎控訴趣意
一、原判決は事実の誤認があり右誤認は判決に影響を及ぼすものと思料する。
該原判決は被告人はウイスキー百六十本位の内七十八本位を坪本正一に、六十三本位を氏名不詳者に業として販売したる事実を認定しながらその証拠として坪本正一に対する検察官の供述調書を援用せり、然れ共右坪本正一に対する供述調書には同人の供述として被告人の為売る世話をしたのは合計四回位で角瓶が三十八本位、丸瓶が十三本位であり、不成功の分を併せると六十本位であつたとあるに過ぎず原審認定の如く七十八本なる事実を認むるに由なく右供述によれば右坪本が売却の世話を為したるは合計五十一本に過ぎず而も右は坪本自身が買入れたるものにあらずして販売の仲介を為したるに過ぎず、且又氏名不詳者に対し被告人が販売したりとある点に付ては被告人の自白の外拠るべき証拠全然なし。
果して然らば原判決は被告人の自白にのみ準拠して事実を誤認したるものにして到底破棄を免れざるものと信ず。
二、原判決は法令の適用に重大なる誤を犯し居れるのみならず、右誤は判決に影響を及ぼすこと明らかなるものと信ず。
即原判決は被告人は政府の免許を受けずして昭和二十三年十一月下旬頃から昭和二十四年一月二十一日頃迄の間十四回に亘りウイスキー合計百四十一本位る坪本正一等に業として販売したる事実を認定し酒税法第十七条第六十四条を適用せり然れ共右販売の所為は各一回毎に独立罪を構成し併合罪の関係にあるものなることは連続犯の適用を見ざる今日明なることと信ず。
然るに原判決は各回毎の取引関係即ち販売関係を明にすることなく(記録によるも各回の取引状態を明にせる明細表すら添附しあらず)漫然前記期間内に十四回位に亘り販売したる事実を認め毫もその法律の適用に付併合罪なりや否やに付之を明にせざるは法令の適用を誤りたるものと謂わざるを得ず而も斯くの如き誤は判決に影響を及ぼすこと明にして此の点に於ても破棄を免れざるものと信ず。
弁護人合路義樹控訴趣意書
原審判決は酒税法違反の事実に付、被告人は政府の免許を受けずして昭和二十三年十一月下旬から昭和二十四年一月二十一日頃迄の間十四回位に亘り呉市西朝日町四十二番地の自宅に於てミミイーグル、レッド、コオリオ等の各レッテル貼付のウィスキー約四合瓶入百六十本位の内七十八本位を坪本正一に、六十六本位を氏名不詳者に一本につき九百五十円にて業として販売した事実を認め同法第十七条第六十四条の罪を構成するものとせられました。
しかし原審判決には次に掲げる理由により事実の誤認があり、ひいて擬律錯誤の違法があると思います。
(一)被告人は原審公判で酒税法所定の酒類たる本件ウィスキーを販売した事実を認めましたが、それは本件ウィスキーが酒税法に所謂酒類であるという客観的事実を承認したに過ぎません。本件ウィスキーが原審相被告人丸岡忠雄の密造に係るものであることは、本件検挙後に至つて初めて知つた事実であります。被告人がこのウィスキーに対し如何なる認識を以てこれを買入れ若くは販売したかの、主観的要件に至つては原審に於ては全く審理がなく、被告人に於てこれを供述する機会はなかつたのであります。被告人は本件ウィスキーを進駐軍のウィスキー、即ち連合国占領軍の財産であると信じていたのであります。
原審判決に証拠として引用された押收の証第二十二号、コオリオ、クラウンウィスキーを一見すれば明らかなように、それはいずれもレッテルが英語で書かれてあり、その容器及中実の色沢からして、誰が見ても進駐軍のそれと誤信しやすい外観を呈しております。又原審判決に証拠として引用された坪本正一に対する検察事務官の供述書中第三項に「私は………昭和二十四年一月六日前後木原孝行の宅を訪問しました………その際奥さんが私に対し、角瓶二本(王冠の入つたレッテルでその素地が黄色で英語で書いてあるもの)を示されて、このウィスキーは進駐軍のウィスキーでとても良い品だ、品物はいくらでも出るから心当りがあるなら売つてくれんか」との依頼を受けました………木原の奥さんは此のウィスキーは進駐軍物資だから要心してやりなさいと注意を受けました。又私もその瓶を見た処、真実に進駐軍物資と思いました」との記載があつて被告人が本件ウィスキーを連合国占領軍の財産であると信じていたことを明らかにしており、右丸岡忠雄の密造に係るものであることは全く知らなかつたことを立証しております。被告人はこのウィスキーを原審相被告人槇平勲三及中村繁毅から進駐軍の品であると称して売渡されたものであります。右酒税法違反の事実と一緒に起訴された昭和二十二年政令第百六十五号違反の事実に付原審公判に於て「進駐軍物資と判つた理由は」との間に対し、被告人は「英語で書いてあるから判りました」と答えております。これが原判決の同違反事実認定の証拠とされたものでありますが、全く同様の理由で本件ウィスキーも亦進駐軍の品と信じていたのであります。原審に於ては被告人が本件ウィスキーについて、如何なる認識を有していたか………進駐軍の品と思つていたか或は丸岡忠雄その他の者の密造したものと知つていたか、等主観的要件については全く審理されておりません。
(二)本件の問題点は被告人が本件ウィスキーを連合国占領軍の財産………所謂進駐軍の品と信じて販売した場合尚且酒税法第十七条第六十四条違反の罪を構成するかの点にあります。
思うに酒税法の目的は課税権の確保にあります。酒類の販売業を免許制としたのも亦此の目的によるものに外なりません酒税法は課税権確保の見地から酒類の製造、販売には免許を受けることを命じ、免許を受けない行為に対する取締規定を設けております。即ち一方に於て課税権を侵害する無免許行為を罰すると同時に他方、一定の手続をふませて行為を適法ならしめる途を存じておるのであります。ところが進駐軍のウィスキーはこれと異り、如何なる場合に於ても(進駐軍当局の公の許可ある場合は兎も角)その所持は不法とされ如何なる手続によるもその売買授受は絶対に許されないのであります。この点が酒税法の酒類と全く性質を異にするところであります。それで進駐軍のウィスキーは酒税法の所謂酒類ではなく、同法による課税権の対象には絶対にならぬものであると信じます。昭和二十四年法律第四十三号(同年四月三十日公布)酒税法中改正法律は、密造酒の所持、譲渡、譲受を禁じており、この点進駐軍のウィスキーと一見趣を同じくしておるようでありますがそれは最近における密造酒氾濫の事情から課税権確保の目的達成の必要上設けられた規定であつて、その所持を不法とされる点、彼此同様であつてもその理由が全く相異ることを看過してはならぬと思います。従つて進駐軍のウィスキーを販売した場合は酒税法違反の罪を構成せず只、昭和二十二年政令第百六十五号違反の罪………所謂不法所持………あるのみと信じます。
以上の理由により原審判決には審理不盡の失当があり、ひいて事実の誤認があつてその誤認は判決に影響を及ぼすこと、まことに明らかであると思います。即ち若し被告が、本件ウィスキーを進駐軍の品と信じていたものと認定されるにおいては酒税法第十七条第六十四条を問擬すべきでないと信ずるからであります。
よつて原審判決を破棄して差戻し若は移送の御判決相成りますようお願い致します。